皆さま、こんにちは!愛し合っていますか?
先日のこの記事の続きのような話です。
実は、私は、生命保険会社で総合職の会社員を約4年やって結婚した後、元夫の転勤で大分に引っ越し、それからはIT機器の販売会社の大分支店で営業事務として派遣社員をして、同じ会社で契約社員となり、別居後は派遣社員や契約社員として都内の大きめの法律事務所で事務をやった経験があります。
事務スタッフ時代は、
頑張っても先がない頭打ち感も、
出張のお土産を買ってきてくれる営業さんは良い人だよね!あはは~的な気楽さも、
内部的に評価されていたとしても外部からは一段下に見られがちなことによるモヤモヤ感も、
かといって自分がそこまで対外的な責任を負いたくない・自分にはそこまでの力がないという無価値感も、
営業さんのサポートをして成績が上がったり職場の雰囲気が良くなったりして周囲から感謝されて良いエネルギーが循環する仕事の喜びも、
様々な感情を感じました。
なので、弁護士になって入った事務所においては、当初は女性弁護士が私だけだったこともあって、事務スタッフの皆さんには人一倍気配りをしていました。人は自分が愛されたいやり方で人を愛する、というやつですね。
ただ、思うに、これからの時代は、人と人というのは、職種が何であれ、対外的対内的な関係であれ、お金がどこから出てくるのであれ、もっとフラットで対等な関係性になると思うのです。
「お客様は神様です」という時代ではもうなくて、サービスを受けたお客側であっても「ありがとう」という人がもっと増えると思うし、
最初の職種に制限されることなく、管理職や経営者層になる人も増えるだろうし(小売業などではかなり昔から「パートタイマー店長」がいたりしますよね)、
仕事を貰っているフリーランスの人であっても、1つのクライアントに執着することを手放して他にも顧客開拓をしたり、はたまた副業をすることによって対等性を保つことができる。
で、そのフラットな関係性を築くときに重要なのは、立場が弱いと考えられがちな従業員側・販売者側が「他の選択肢を得ることによって強くなること」だけではなく、
経営者側・顧客側が、「自分が、現代の資本主義経済においては、お金という価値のある存在(=力、パワー)を多く持っていて、それを用いて様々な価値(モノ、サービス等)を得ている。」ということを自覚するということだと思うのです。
ノブレス・オブリージュ(身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務がある、という欧米の考え方)のこと?と思われるかもしれませんが、それともちょっと違う。あくまで私の感覚ですが、ノブレス・オブリージュの感覚で人に仕事をしてもらうと、結局、施し感というか、上下関係が強調される気がするのです。
というのも、私がかなり以前に代理人をした、退職した従業員からの残業代請求案件で、クライアントであった社長夫人が「あの人にはあんなに良くしてあげたのに!」と大いにお怒りになっていまして、確かにおっしゃるとおり、従業員の誕生日に花を送ったり等と素敵な気遣いをなさっていたのですが、それがその従業員の方には何らかの理由で負担だった、或いは(従業員の方の受け取り方の問題にせよ)自分が惨めな気持ちになったのかもしれないなあ、と思ったのです。
(もちろん、花を贈るのはめちゃめちゃ素敵ですよ。私だったら頂けたら嬉しい(笑))
自覚、というのは、もう少しフラットで。ただただ事実として、「自分が力を持っている」ということを理解すること。自分の力を、蔑むのでもなく、優越感を抱くのでもなく。つまり、人と比べない、ということ。
そして、自分自身や周囲の人に、自然な感謝が湧いてくるまで、自分の持っている力を味わう。
自然な感謝が湧いてくると、自分を満たしてあげたくなりますし、満たされた後には、人にも感謝の気持ちを伝えて(言葉や形や態度や雰囲気で)、感謝や尊敬の気持ち、すなわち愛を循環させたくなるものです。
逆に言えば、そこまで至らないうちは、無理に義務的に人に与えなくてもいい。
まずは、自分から。
そういう循環が始まると、上下ではなく、仲間になるんですよね。
もちろん、仲間となるには、対等性だけでなく、ヴィジョンの共有も必要だし、リーダーはヴィジョンを語り続けることが大切だなと思います。「海賊王に、オレはなる!」ってね(笑)
私自身も、スタッフやクライアントの皆さまと、仲間になるべく、もっともっと、対等な関係性を築いていきたいなと思っています。
そのために、もっともっと、ヴィジョンを語ろうと思います。そこから、どんな法律的・心理的サポートができるのかについてもね!