皆さま、こんにちは!愛し合ってますか?
モニター様のカウンセリングを行って、うち何人かは、お母さんと向き合うことが今のテーマになっていると思われる方がいらっしゃいました。
ということは・・・
そう!私も今、母と向き合うタイミング!なのです(投影の法則)。
えええーーやだーーー
おかんはもう散々向き合った。おなかいっぱい。助けたかったのに助けられなかった罪悪感は、小さくなることはあってももう一生消えないし、抱えていくしかないの。諦めよう??
という心の声がしました。
一方で、もう一人の私から、
イヤイヤイヤ、今、もう一度おかんに向き合えってお知らせだよ!向き合った方がいいよ!
そこそこ幸せな状態の頭打ち感があるんでしょ??
という声もしました。
そう。頭打ち感。
実のところ、最近の私は、そこそこ幸せなんだけど、何となく、頭打ち感があるのです。
3年、いや1年、いや数か月前に比べたら格段に自己肯定感が上がって生きやすくなった。やりたいこともやっている。仕事も楽しくなってきた。猫たちもいる。仲間もいる。楽しい。パーフェクトではないし、不安もあるけれど、そこそこ幸せ。80点くらい。
でも・・・もっと幸せになっていいんじゃないかな?例えば、パートナーシップとか。
例えば、仕事とか。
こんなに無理に頑張らなくても(いや、昔に比べたら無理してないですが(笑))、もっとするすると幸せを感じられるんじゃないかな、という、頭打ち感がありました。
この現象が、いわゆる「幸せになることへのおそれ」だということは、薄々気が付いていました。
なぜ幸せが怖いかには様々な原因が考えられますが、私の場合、1つには、両親が早逝したことや離婚やその他の恋愛に起因する、幸せを失う恐怖があり、もう1つは、母の命と職を守ることができなかったことによる罪悪感があるのです。
そう、みんな大嫌いなあいつ!罪悪感!!
そんなあいつに、再び向き合うのか。。。
(まあ、ほんとは罪悪感を感じる自分も自分の大切な一部だし、愛ゆえに罪悪感を感じるのだから、嫌わないであげたいのですが。)
どよーんとした気持ちになりながら、
私は、おかんに向き合うことといたしました。
もれなくおとんも出てきたね。
どよーん。
向き合っているうちに、罪悪感のみならず、
何であんなに早く死ぬのよ!という怒りや悲しみ、
このぐるぐるループは、両親を使って幸せにならないことで両親に復讐してるのかも?(あんた達のせいだ!と駄々をこねたい)という思い、
権威との葛藤(権威への憧れと抵抗感。スゴい人になりたいけどなりたくない、なれないけどなれる、的な)、
自己肯定感低下による他者依存と他人軸(要するに近い人に甘えて結果気持ちが振り回される)、
母が私に投影していた気持ちを今になって気がつく、
等々、いろいろな気持ちに気がつきました。
(このうちいくつかは、別記事にしようと思います。)
自分の気持ちに気がつくと、
普段反射的に反応してしまう心の癖には、それを引き起こす前提となる何らかの観念・思い込みがあることが分かると、その癖を手放すことができます。
例えば、あるタイプの年上女性にビクビクしてしまって苦手な場合、母との関係性で出来上がった観念(◯◯すると怒られる)が影響していて自分がその年上女性に母親を投影しているがゆえに苦手だったり。なぜか過度に嫌悪感や攻撃心をあらわにしてしまう場合、昔似たような場面で傷ついたことがあったり。
また、心が苦しくなるのは、様々な感情や思考が葛藤をしている時だと思うのですが(代表的な例としては「こうあるべき!」と「こうしたい」の戦い)、これらの思考も感情も自分の中にあるもの、全て自分だと受け容れれられると統合されていき、心が楽に軽くなっていきます。
どよーん。
からの、
ほっこり。ぽかぽか。まったり。じんわり。
的な。
(たまに、どよーんの反動で、「OH YEAH!オレはやるぜオレはやるぜ」的にテンション上がり過ぎる時もある。)
今日も長いね。
長いのに更にリンクをたくさん貼るぜ!(笑)
★おまけ
★6月カウンセリング