齢50、すなわち半世紀をもうすぐ迎えんとしているからか、あらゆる占いや鑑定で「あなたは大器晩成」「晩年豊かになる」と言われて「やっほーい!遂に私のターンが来た!!」と内心ほくそ笑んでいるからかわかりませんが、そんなことを考えるようになりました。えへ。
で、結論は、まだ出ておりません(笑)
とりあえず、現段階では、
○それぞれの個性、多様性が大切にされる寛容な社会づくりに貢献したい(前回の話と関連します)
→そのために、
・各人が自分の人生を創造しているのだ~!というアカウンタビリティ、自分軸と自己肯定感を持つことを提案
・女性性を抑圧して男性性で頑張り過ぎている人(男女問わず)に癒しをお届け(モニターセッションを既に5件やりました!)
・紛争を予防するための法務サービスを提供
みたいな感じです。
まあ、これまでと変わらないっちゃあ変わらないんですけれども。
以前よりは、点と点を結んで線になりつつあるような。。。分かりませんが、何となく。
モゾモゾ。
あ、で、弁護士はカメレオン、って話でしたよね(笑)
前置きが長くてすみません。
ご存知のとおり、我々弁護士は、クライアントさんの代理人として活動します。
その立場は、例えば、離婚であれば不貞をした側された側、未払の売掛金を請求する側される側、不動産の明渡しを求める側求められる側、刑事事件の場合でも被疑者被告人の弁護だけでなく被害者代理人として活動することもあり、さながら猫の目のようにコロコロと変わります。
(労働問題や交通事故、医療過誤等一部の類型では明確に立場を決めている弁護士が多いです。)
だから、弁護士は、案件ごとに色を変えるカメレオン。なのです。
私は、司法試験受験をする前、まだ司法書士試験を目指していた頃は、私にはカメレオンのような仕事をすることはできない、だから弁護士は向いていないしできない、と思っていました。
なぜなら、自身の離婚協議をしていた時には元夫が完全に悪いと思っていたので、あんな悪者の弁護をしなくちゃならないなんて、弁護士なんて私にはできないわ!と感じたからです。
ええ、もちろん、元夫が完全に悪いはずもなく。
私が完全に悪いわけでもなく。
今の私なら、もしも、仮にあの当時の元夫が私に離婚協議の代理人を依頼してきたとしても余裕のよっちゃんで、「あらあ。。。それは大変ですねえ。お辛いでしょう。」なんて労いの言葉をかけちゃうかもしれません。
それに、カメレオン的ではありますが、個々の案件は皆それぞれ異なる背景事情がありますから、実際のところは、立場が逆でもそんなに違和感はないんですよね。
だから、以前に感じた私の「カメレオン的弁護士への拒絶反応」は、当時の私には無理もなかったけれど、まあ、カメレオンでもそんなに悪いことはないよ、ということです。
それと、むしろ、カメレオン的だからこそのメリットとも言えると思うのですが、
できる弁護士は、「客観的な証拠関係からしてこうであることが明白だ」とか「法令や判例に照らして明らかにこっちだ」ということに自身の職務経験上納得ができれば、例えそれが相手方に有利な主張であろうとも、「あー、確かにそうですなあ」と説得されちゃうのです。
なぜなら、争っても仕方のない・敗けが明らかなことでいたずらに争点を増やしても、紛争解決が遅れるだけであり、時間面でも精神面でも場合によっては経済面でも結果としてクライアントさんの利益にならないことを知っているからです。
なので、できる弁護士は、「その点は已む無し」として、クライアントさんを説得します。
まあ、最近の私は、ここでクライアントさんの納得したくない感情にももっともな理由がある場合にはお気持ちに寄り添い、カウンセリングをお勧めします(私がカウンセリングすることもあるし、他の方を紹介することもあります)。
弁護士って、たぶん一般社会の人より度外れて合理主義なんですよね。
法的に正しいとか、明らかに正義だあるとか言うときには、コロリと敗ける。
それこそ、同一の紛争内でカメレオンになるわけです。
基本的には、自分の側の主張の正当性に固執しないのです。黒いものを白だとは最初は主張するけれど、黒と分かったら言い続けることはしない。
所詮、我々は、クライアントさん含めて片側からしか事実を見ていませんから。地球からは月の裏側が見えないということを自覚しているわけです。
自覚しているぶんだけ、少し事実をありのままに見えているのかもしれません。
(もちろん、大きな社会問題の訴訟等では本気で正当性を主張しています。)