皆さま、こんにちは!愛し合っていますか?
今日は、前回の記事の続きでありつつ、この記事の続きのようなお話です。後者は約1か月前ですね。
助けて下さい、と言わざるを得ないような窮地に立ちまして、実際に「助けて下さい!」と言ったら、たくさんの方々が私のことを助けようと名乗りを上げて下さいました。
具体的に何が起こったのか、そんな基本的なことすら、言っていなくても。
本当にありがたいことです。みんな、ありまとー---!!
もちろん、多くの方がたの理解を求めるならば、具体的な話をした方が分かりやすいに決まっています。
ただ、当初は、関係各位への様々な影響というかざわつきを考慮して、こうした公の場で何が起こったかを披瀝することを私なりに躊躇していました。
でも、この窮地に陥った話は、今後しばらく続くと思うのです。それは、このことから私が得た学びだけでなく、思いがけないギフトも含めてできる限りシェアしたいと思っているので。
そうだとすると、やっぱり、私に何が起こったか(『少女に何が起こったか』ってドラマがむかーしあったよね。キョンキョンと石立鉄男さんの・・・みんな知らないか(笑))を、ここで言ってもいいかなあと思い直しました。
と、前振りが長くなりましたが、
簡単?に言えば、
先日、私は訴えられました。不法行為に基づく慰謝料請求500万円。
原告は、かつて(7年前~5年前)の訴訟事件の相手方。地裁で私が代理人となった当事者が勝訴し、高裁で勝訴的和解となった案件です。
この裁判の決着後、私は、その相手方(正確に言えば相手方とその配偶者)から弁護士会に懲戒請求を受け、日弁連への不服申立てや再度の懲戒請求等も含めると全部で5回審理がなされました。この間、自分で熱くなって反論をすごい勢いで書いて書証も提出してみたり、元ボス(と事務所の弁護士たち)に代理人を依頼してみたり、相手方からの攻撃に対する恐怖心や、もしかしたら何か自分が間違っていたのではないかという恐怖心とそれを取り消したい気持ちから、私は様々な言動をしました。
で、事実としては、結局、私は、懲戒処分を受けていません。
けれども、相手方は、それでも私を訴えたいんですよね。
それほどまでに人から憎しみをぶつけられるという経験は、私は、齢49歳ではありますがこれまでにはなく、正直、そのネガティブなエネルギーを受けるだけでしんどいものがあります。
私って、そんなに人から恨まれるようなことをしたんだろうか・・・?
クライアントさんのために頑張ってきたことが、反転して相手方にとっては傷となったことは理解できるけれども、それって私が受けるべきことなんだろうか?理屈で言えば、裁判所や相手方代理人が受けるべきなんじゃないの?
結局のところ、相手方は、自分の抱えている怒りや悲しみといったネガティブな感情を、ぶつけやすそうな相手(私)にぶつけてるだけであって、私はとばっちりを受けてるだけなんじゃないの?
正直、この案件で頂いた報酬より、懲戒請求に際して元ボスに支払った報酬や自分の労力(時間的・精神的)を考えたらマイナスなんだけれど?相手方は、それを狙っているのかなあ?(そういや、一生苦しめてやる的なことを言われたなあ)
相手方が自分の気持ちを本当に伝えたい人は、私じゃなくて、元々の案件で争った家族じゃないの?
といった、様々な感情、怒り、悲しみ、悔しさ、惨めさ、しんどさ、嫌悪感等々が湧いてくるわけです。
まあ、当たり前ですよねえ。何なら災害みたいなもんですよねえ。
とはいえ。
実は、このことから受けた恩恵、ギフトってめちゃめちゃたくさんあって。
まさに、「ピンチはチャンス」なのですよ。
本当に。
私は。「このことがあったおかげで気が付いた」ことを、リスト化して、日々更新しております。一部を、以下、ご紹介いたします。
・相手方と私を赦す
・助けを求める
・甘えることを許す
・本当の気持ちを言う(欲しいものは欲しい!と勇気を出したら来た)
・許し(自分が過去を否定しまくってそれをバネに向上心を惹起して無理してきたこと、否定していた過去の出来事そのものを赦す)
・気付き(思っていたより自分は寂しかった)
・価値を受け取る(私という弁護士、弁護士としての私、女性としての私)
・投影(「父にわかって欲しい」→相手方が代弁、攻撃は助けを求める声=助けて欲しいのは私。相手方の攻撃=依存心は私自身の依存心。だから、それを受け容れる。)
こんな感じです。
特に、
私って、自分の過去に復讐するために「もっと上を!」とリベンジ的に頑張り付けてきたなあ、
だから、過去に私を振った一部の男子の対して、私を踏み台にした!と怒りまくっていた(自分が自分の過去を踏み台にしていて、かつ、それを嫌悪していて、相手にそれを投影していた)んだわ。
だから、人に迎合してばっかりで自分の気持ちを置いてきぼりにしていた自分や近い距離の人に依存的になっていた自分に腹が立って、それを投影して必要以上に人に厳しくなっていたんだわ。
でも、もうそろそろ、そんな私も許そうか!
っていうか、もうさ、過去の自分を否定する力を原動力に自分を変えようとするんじゃなくて、自分や他者への愛から自分を変えたいわ。
という気持ちになりました。
そうだとすると、まずは、
自分を許す。赦す。
そして、相手方も赦す。
更に、相手方の理不尽な言動も、私ならば受け容れてくれるだろう、という自分の包容力の才能の顕れだということを受け取る。
そうやって、自分がどんな自分も受け容れることによって、それこそ理不尽な被害と言ってもいいような出来事に出逢う自分も赦して、相手方にはその人なりの事情があるのだろう、私にぶつけるしかなかったのだろう(もちろん私はいい迷惑だけどな!笑)と受け容れる。
そのことによって、自分の才能、価値を受け容れる。
並行して、到底自分1人では抱えきれないことを受け容れ、人に助けを求める。
ただ聞いてもらうだけでもいい。それも、面白おかしく変換した話を笑って受け止めてくれるだけでもいい。
もちろん、真摯に受け止めてくれても、とってもとっても嬉しい。
そうしていくと、不思議なことに、
ツラい目に遭っていたにもかかわらず、そこから立ち直ろうとする私を応援してくれる人たちが現れた。
しかも、私に、具体的なチャンスをくれたりもしているのだ。ピンチに立ち向かう、私のその姿勢が良いと。
そして、その現象は、おそらく、この訴訟がなければ起きなかったことなのだ。
すなわち、この訴訟のおかげで、私は、応援され、チャンスを得ているのだ。
すごくない?
ピンチはチャンス。
双子座満月の日に。
●参考記事
〇『正解』で振舞わなければ、人から愛されない・認められないと思っているあなたへ。失敗しても大丈夫、ていうかそれは失敗じゃないよ、とお伝えしたい。
〇自分に激甘ができるようになったら、たまにはスパルタ式で自分を愛するのもいいかもしれない。
自分を攻撃する人が、実は私に「あなたは、もう幸せになりなさい。」と言っている、というイメージワーク。
痛たたたた・・・っていうか、おえー--っ!気持ち悪い!!ていうか。
でも、結構効果てきめんですよ♪